ペニスからぬいぐるみが射精された。

結婚をした。

なんか、ノリで。

 

とにかく勃起をする男だと評判の青年がいて、たまたま友人宅で鉢合わせたときにふと後ろを振り返ると奴は実際に勃起していたのだ。隠すことなく。

その胆力と異性への距離の取り方と見栄えのよさから女に慣れているのだと思っていたら童貞だと主張するもので、どうせ童貞しか相手にしないと私への苦し紛れの嘘だと思いつつも勃起のことが気になってしまって誘いをかけてしまった。つまりは勃起に負けたのだ。

 

その後、なぜか一緒に棲むことになった。私に決まった家が無かったから。

 

犬を拾う感覚なんだと思った。

道端で目の合った犬が舌を垂らしてすり寄ってくるもんだから、ついうっかりなでて餌をあげてしまって、捨て置けなくなってしまったんだと。

 

実際に一緒に過ごすうちに別れ話が出たこともある。

でもいつも彼が、いいからここに居なよと言って終わるのだ。

やはり撫でた犬に情が移ってしまう男だと、犬は自分であるのに呆れてしまった。

こいつ大丈夫なのか。

 

お前と別れても新たに出会いを探すのが億劫だから別れないよ、としたり顔で言ってきたこともある。

多分、自分は人見知りだからここまでの関係性を築くのが難しく、離れ難く思っていると言いたかったようだ。

それを聞いて少し腹を立てつつも、まあ新たに手に馴染むオナホを見つけるのは面倒ですからねと納得した。

 

私は幼少期から父に「アバズレ、男好き、将来は男に跨って過ごすことになる、パンパン女」と言われてきたし、容姿や性格も褒められることがなかったのでお金を渡すか股を開くことでしか安心ができなかった。

理由が物理的な関係の維持は容易に行えるが、感情がベースのものは曖昧でふとした拍子に崩れてしまうし、理由が明確でないから維持がとても難しく思えてしまう。

しかも曖昧であればあるほど、自分の中で区切りがうまくつけられない。

だから装置があることを好み、身体から始まった彼との関係もとても好ましく思った。

 

彼は私のことを具体的に褒めることも日々のことを聞いてくることもなかったから、一緒に家にいるときに少し生活を明るくするための装置でいることに徹するようにしていたら、ふと入籍の話が出た。

既婚者になると昇給するという話を聞かされていて、なるほど、扶養にも入れるし全体的に見たらコストは安く上がるのかと感心をした。

どこかでまだ、犬に熱心なものだ、とも思っていた。

 

その話が出た次の月、来年あたりかなと言われた。

年内に籍を入れると控除額が変わるよ、とだけ伝えた。

 

その次の週、何か思い入れのある日はないかと聞かれた。

ドナルド・ダックの誕生日かな。

 

そのまた次の週、ゴールデンウィークなら祝日に親戚を回って平日に役所に行けるし、俺も有給を取らなくていいんだよねと言われた。

2週間後の話になっていた。

 

本当に私でいいのかとぐちぐちと確認していたら、一緒にいると決めたのは俺だからと頷いていた。

気付いたら名字が変わっていた。

 

彼の親戚へ挨拶しているとき、奥様、奥様と周りが朗らかに笑うものだから、騙してしまったのではないかと妙に落ち込んで疲れてしまった。

実家ではこいつを一生養う、一人にはさせない、と6つ下の当時青年だった父を相手に腹を決めてしまった母と、そんな女性のことを母だと思い込んで私を姉だと信じている父がいて、私は永遠の赤ん坊だった。

(実際に結婚を報告したら「あなたは私の赤ちゃんなんだからね」と返信がきた。母の殺し文句なのだ。)

 

赤ん坊のハイハイが犬の四つん這いになり、どうにか餌を得ていたのが、急に奥様になってしまった。そんな筋肉は無いのに。

 

疲れ果てて部屋で憮然としていると彼が滔々と私の"人としてのいいところ"を語り始めた。

そこからは、半ば泣き言のような、喧嘩のような時間だった。

セックスができるからいいんでしょ、違うよ君は楽しいところに連れて行ってくれるんだよ、そんなの誰だってできる、君が言わなければ知らなかった素敵なことが沢山あるんだよ……。

その内に「もしかしたら彼は私のことを犬ではなく人間として愛してくれているのではないか」と思ってしまった、思わされてしまった。

初めてお互いの欲を抜きに話した瞬間だった。

 

ただの友達だと思っていた男性からアプローチされることをぬいぐるみからペニスが生えてきたというが、この場合はなんと言えばいいのだろうか。

ラブドールに心があった?

でもそれでは何となく足りない気がするので、この奇妙な感覚も含めてペニスからぬいぐるみが射精されたと言いたい。